地上に築かれた幻影。すべてを手にした男が見た、空っぽの世界。
炎のごとく現れ、時代を変えた者
平清盛。彼を語らずして、『平家物語』は始まらない。
この男こそ、貴族社会に風穴を開け、武士という存在を歴史の表舞台に立たせた最初の象徴であった。
その若き日、清盛は思いきりがよく、決断に迷いがなかった。
旧来のしきたりを忖度せず、荒々しいほどの胆力と、未来を見据える大胆さを持っていた。 「武士の世」を夢見た彼は、迷いなく行動し、時の波を自らの手で操ろうとしたのである。
誰よりも強く、誰よりも早く、そして誰よりも夢を持っていた。
それが、人々を惹きつける力になり、やがて彼は頂点に立つ。武士として初めての太政大臣——この官位に到達した時点で、清盛は「歴史そのもの」になった。
だが、その火は、世界を照らしながら、同時に自らを焼いていた。
古きを焼き、新しき秩序を築こうとした夢
清盛が目指したのは、貴族の腐敗に支配された旧体制の打破であり、実力と野心によって拓かれる新たな世界秩序だった。
福原への遷都。宋との貿易拡大。朝廷という中心から海洋へ、国際へ、動き出そうとする大胆な国家ビジョン。
その発想は、時代の常識から逸脱していた。 だが同時に、古きしきたりに縛られた日本に、初めて「動的な国のかたち」を見せた存在でもあった。
人はそれを「傲慢」と呼んだかもしれない。 しかし、祈りも、理念も、彼にとっては「実現するための力」に過ぎなかったのだ。
清盛にとって、国家とは夢を描くキャンバスであり、自身の信じた未来こそが正義であった。
止まらぬ欲、そして壊れていくもの
だが、火は止まらない。照らすことに慣れた者は、いつか「焼くこと」に無自覚になってゆく。
清盛は、いつしか「武士の代表」ではなく、「絶対権力者」になっていた。
後白河法皇との間に生じた権力闘争は、やがて清盛を「体制の外の改革者」から、「体制そのものの象徴」へと変質させていった。
忠義の者、ただ一人。 息子・重盛だけが、父の過ちに静かに意見を述べた。
だが、清盛はそれを受け入れきれなかった。 それほどに「止まる」ことができなくなっていた。
そして重盛が死んだとき、清盛の中にあった「響き返してくれる声」は消えた。 彼は、自らの火に包まれてゆく。
愛した女たちと、消せなかった欲望
清盛の人生には、数多くの女が関わっている。 とくに、白拍子の祇王と祇女。
舞の名手であった姉妹は、清盛の愛情の移ろいによって翻弄され、やがて仏門へと入る。
それは色欲ではなく、女たちの中にある“魂の尊厳”の発露だった。
また、源氏の若き男子の禍根、つまり常盤御前に対する「消しきれぬ色欲」も、後の悲劇を呼び寄せた。
色への執着が、やがて敵の命脈を温存し、自らの命脈を縮めることとなったのだ。
「愛する」という行為の中にさえ、清盛の欲の火は潜んでいた。
頼朝の再挙兵と、炎の果て
平家の力は重盛の死とともに、求心力を失いはじめていた。 頼朝が再び兵を挙げたとき、そこにはもう清盛を諫める者も、支える声もなかった。
彼の野望は、もはや時代そのものとズレていた。
かつては時代を追い越していた男が、いつの間にか、時代の変化に取り残されていた。
そして彼の死ののち、平家は滅びへと向かう。 火は、燃え尽きたのだ。
権力の火を抱いた者の祈りとは
平清盛をどう見るか。 破壊者としてか。開拓者としてか。狂人としてか。
それとも、時代に愛されなかった預言者として見るか。
彼の業火は、確かに多くを壊した。 だがその火がなければ、武士の世も、日本のかたちも、動き出さなかった。
平清盛。 すべてを燃やし尽くしたその手に、何が残っていたのだろうか。
燃え尽きたあとに残る祈りが、どんな形であったのか――
その答えを、あなたの中に探していただけたらと思う。
吉祥礼
