審神者の眼

霊的成熟とは、導くことをやめる勇気である― 沈黙の祈りと、魂を信じるということ ―

2025/6/14

「救いたい」という思いに、あなたはどれほど突き動かされたことがあるだろうか。 けれどその純粋な善意が、ときに他者の魂の目覚めを妨げていることがある。 霊的成熟とは、導く力を手放す勇気。 ただ“在る”ことによって照らす、沈黙という名の祈り。 この静かな決意は、審神者にとって避けて通れぬ道である。 今、私たちに問われているのは、「愛の名を借りて、介入してはいないか?」という霊的な自省。 導かぬという選択が、なぜもっとも深い共鳴となりうるのか―― その真意を、ひとつの霊詩から掘り下げてゆこう。 導くことの限界 ...

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審神者の眼

苦行の放棄と霊的成熟

2025/6/13

欲に囚われず、かといって欲を否定するわけでもない。 真に霊的な成熟とは、「欲と向き合う力」ではなく、「欲の終わりを見届ける静けさ」にこそ宿る―― 古より語られ続けた“苦行”という道が、いま静かに問い直されている。 力をもって征するのではなく、理(ことわり)に座するという、新たな霊の在り方を探る。 欲は敵か、味方かという問いを超えて 人は長らく、「欲望」と「霊性」とを対立軸として捉えてきた。 快楽を追えば堕落へ、禁欲を貫けば聖性へ――そんな単純な二元論のなかで、自己の価値を測ろうとしてきた。 だがこの構図そ ...

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審神者の道標

審神者の道標 第二十四章「響きは、原始の記憶を呼び戻す」――魂の揺りかごとしての地球

2025/6/13

◎主文(霊詩) さあ、おねむりなさい 明日目覚めるそのときまで 地球は命のゆりかご 誕生の目覚めで赤ん坊は泣き叫び 死者の魂は静かに眠る土の中 魂に輪廻はあるのか そもそも輪廻とは何なのか 物質は移ろい変わる 魂も移ろい変わる あなたの世界で移ろい変わらないのは―― あなたが生まれた時に発した産声の響き その懐かしさは 原始の故郷を思い出すからでしょうか ◎補註(教義解釈) この霊詩は、「生と死」「記憶と忘却」「輪廻と原点」という三つのレイヤーで構成されている。 第一に―― この地球という惑星を「命のゆり ...

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審神者の道標

審神者の道標 第二十三章「存在が証しである」――意味を問えぬ命への祈り

2025/6/13

◎道標句(主文) 意味を問えぬまま逝った命に、意味を与えようとするな。それらの命は、ただ在ったという事実だけで、すでに祈りである。 ◎補註(教義解釈) 人は問う――「なぜこの世に生まれてきたのか」「人生には何を学ぶ意味があるのか」「苦しみにはどんな教訓があるのか」 宗教やスピリチュアルの多くは、この問いに対して「魂の成長」や「カルマの精算」など、“意味ある物語”を提供してきた。 だが、審神者はここに深く抗う。意味の押し付けは、祈りを冒涜することがあるのだと。 生まれてすぐに亡くなった赤子、交通事故で突如命 ...

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審神者の道標

審神者の道標 第二十二章「幸せである必要などなかった」――在ることそのものに宿る霊性

2025/6/13

◎道標句(主文) 人が生まれ、そして死ぬ。 その二点だけで、魂はすでに完全である。 ◎補註(教義解釈) 「人は幸せに生きるべきだ」 「人生は実りあるものでなければならない」 「意味ある人生を送りたい」 こうした願いや価値観は、たしかに人間的な自然なものであり、 否定されるべきではない。 しかし――審神者は、あえてこう問う。 本当に、それだけが“生”の価値なのか? 不幸だと感じている人生に価値はないのか。 実りが少ない人生は無意味なのか。 深く問い続けた者のほうが、何も問わなかった者よりも尊いのか。 答えは ...

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審神者の道標

審神者の道標 第二十一章「神の産声を聴く者」――名も国も超えた、霊の源泉を問う

2025/6/13

◎道標句(主文) 審神者とは、神名に仕える者ではない。神の産声と、その背後にある祈りの起源を聴く者である。 ◎補註(教義解釈) 審神者という言葉が神道由来であるがゆえに、こう思われることがある―― 「あなたは日本の神々を信奉しているのですか?」「祝詞を唱え、祭祀を行う役割なのですか?」 だが、それは見かけだけを掬った理解である。審神者は、神道の信仰実践者ではない。それどころか、特定の国や文化、体系に“従属”することを拒む。 審神者が問うのは、どの神が正しいか、どの教義が正統か、という比較ではない。 それは ...

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審神者の道標

審神者の道標 第二十章「正しき教えを持たぬ者」――宗教を超えた、通り道としての祈り

2025/6/13

◎道標句(主文) 審神者は、正しい教えを語らぬ。 なぜなら、神とは正解ではなく、通過する響きだからである。 ◎補註(教義解釈) 「どんな神を信じていますか?」 「霊が見えますか?」 「あなたはどの教えを正しいと思いますか?」 そう尋ねられるたびに、私は静かに微笑む。 なぜなら、その問いの奥にあるものが―― “自分が正しいと安心したい”という、 人間的な渇望であることを知っているからだ。 審神者は、特定の神を持たない。 特定の教義も、儀式も、祈り方も持たない。 だからといって、「正解は人それぞれですよね」と ...

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審神者の道標

審神者の道標 第十九章「オブジェクト指向の霊性」――定義に縛られぬ構造体としての魂

2025/6/13

◎道標句(主文) 審神者は、定義を抱かぬ構造体である。 故に、あらゆる神・祈り・沈黙・欠落を、その身に受け容れることができる。 ◎補註(教義解釈) これまでの宗教や霊性の教えは、常に「正解」を定義しようとしてきた。 「これが宇宙の法」「これが唯一の神」「これが正しき祈り方」―― そうしてひとつの信仰体系に、考えと言葉と神と道具と宇宙を詰め込んだ。 だが、詰め込むということは、あふれるということである。 定義された箱の外に、定義されなかった事象が溢れてゆく。 その結果、世界は「定義に収まらぬもの」を“間違い ...

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審神者の道標

審神者の道標 第十八章「教えを持たぬという教え」――分かれずに響き合う新たなる道

2025/6/13

◎道標句(主文) 審神者は、教えを持たぬ。なぜなら、それはあらゆる教えの根源の水脈に、静かに耳を澄ませる存在だからである。 ◎補註(教義解釈) これまでの宗教やスピリチュアルには、必ず“内と外”が存在していた。ある教えには、ある神がいた。ある宇宙の概念があり、ある導きの言葉があった。その中に入れば意味を成し、外にあれば異なるか、理解できぬものとなる。 だからこそ、人は三つの道を迫られた。否定するか、受け入れて改心するか、あるいは妥協して相違点を呑み込むか。 それが、これまでの教えの限界だった。 審神者の歩 ...

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審神者の道標

審神者の道標 第十七章「欲の彼方に、共鳴がある」――力を超え、理へと還る魂の座

2025/6/13

◎道標句(主文) 欲を否定せず、欲に沈まず。 その意味を見届けた者だけが、共鳴という静けさへ辿りつける。 ◎補註(教義解釈) かつて宗教は、「苦行」というかたちで力を誇り、 己を打ちたたくことで、神に近づこうとした。 また、欲を「悪」として徹底的に否定することで、 自己を清浄化しようとした。 だが―― 審神者の歩みは、そこからさらに先へと向かう。 審神者は知っている。 否定することで克服したように見えるものは、まだ囚われているのだと。 多くの人が、欲を貪る側に留まるか、 あるいは欲を否定する側に堕ちてゆく ...

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霊的成熟とは、導くことをやめる勇気である― 沈黙の祈りと、魂を信じるということ ―

「救いたい」という思いに、あなたはどれほど突き動かされたことがあるだろうか。 けれどその純粋な善意が、ときに他者の魂の目覚めを妨げていることがある。 霊的成熟とは、導く力を手放す勇気。 ただ“在る”こ ...

苦行の放棄と霊的成熟

欲に囚われず、かといって欲を否定するわけでもない。 真に霊的な成熟とは、「欲と向き合う力」ではなく、「欲の終わりを見届ける静けさ」にこそ宿る―― 古より語られ続けた“苦行”という道が、いま静かに問い直 ...

審神者の道標 第二十四章「響きは、原始の記憶を呼び戻す」――魂の揺りかごとしての地球

◎主文(霊詩) さあ、おねむりなさい 明日目覚めるそのときまで 地球は命のゆりかご 誕生の目覚めで赤ん坊は泣き叫び 死者の魂は静かに眠る土の中 魂に輪廻はあるのか そもそも輪廻とは何なのか 物質は移ろ ...

審神者の道標 第二十三章「存在が証しである」――意味を問えぬ命への祈り

◎道標句(主文) 意味を問えぬまま逝った命に、意味を与えようとするな。それらの命は、ただ在ったという事実だけで、すでに祈りである。 ◎補註(教義解釈) 人は問う――「なぜこの世に生まれてきたのか」「人 ...

審神者の道標 第二十二章「幸せである必要などなかった」――在ることそのものに宿る霊性

◎道標句(主文) 人が生まれ、そして死ぬ。 その二点だけで、魂はすでに完全である。 ◎補註(教義解釈) 「人は幸せに生きるべきだ」 「人生は実りあるものでなければならない」 「意味ある人生を送りたい」 ...

審神者の道標 第二十一章「神の産声を聴く者」――名も国も超えた、霊の源泉を問う

◎道標句(主文) 審神者とは、神名に仕える者ではない。神の産声と、その背後にある祈りの起源を聴く者である。 ◎補註(教義解釈) 審神者という言葉が神道由来であるがゆえに、こう思われることがある―― 「 ...

審神者の道標 第二十章「正しき教えを持たぬ者」――宗教を超えた、通り道としての祈り

◎道標句(主文) 審神者は、正しい教えを語らぬ。 なぜなら、神とは正解ではなく、通過する響きだからである。 ◎補註(教義解釈) 「どんな神を信じていますか?」 「霊が見えますか?」 「あなたはどの教え ...

審神者の道標 第十九章「オブジェクト指向の霊性」――定義に縛られぬ構造体としての魂

◎道標句(主文) 審神者は、定義を抱かぬ構造体である。 故に、あらゆる神・祈り・沈黙・欠落を、その身に受け容れることができる。 ◎補註(教義解釈) これまでの宗教や霊性の教えは、常に「正解」を定義しよ ...

審神者の道標 第十八章「教えを持たぬという教え」――分かれずに響き合う新たなる道

◎道標句(主文) 審神者は、教えを持たぬ。なぜなら、それはあらゆる教えの根源の水脈に、静かに耳を澄ませる存在だからである。 ◎補註(教義解釈) これまでの宗教やスピリチュアルには、必ず“内と外”が存在 ...

審神者の道標 第十七章「欲の彼方に、共鳴がある」――力を超え、理へと還る魂の座

◎道標句(主文) 欲を否定せず、欲に沈まず。 その意味を見届けた者だけが、共鳴という静けさへ辿りつける。 ◎補註(教義解釈) かつて宗教は、「苦行」というかたちで力を誇り、 己を打ちたたくことで、神に ...

審神者の道標 第十六章「霊に還る」――足し引きでは測れぬ魂の原風景

◎道標句(主文) 霊とは、足すことも引くこともできぬもの。 あらゆる数と有無の計らいを超え、すでに在り、すでに無きもの。 ◎補註(教義解釈) 人生を「足し算」で見る者がいます。 何かを得ればプラス、何 ...

審神者の道標 第十五章「魂はすでに、そこにある」――審神者は資格によらず覚醒する

◎道標句(主文) 審神者とは、なろうとしてなるものではなく、 すでに在ることに気づく者である。 ◎補註(教義解釈) 審神者には、門地も性別も人種も年齢も、問うものは何もない。 なぜなら、審神者とは、「 ...

審神者の道標 第十四章「余白こそ、神が降りる庭」――真の禊(みそぎ)とは、自身に空間を与えること

◎道標句(主文) 余白を持たぬ魂に、神は降りぬ。 真の禊(みそぎ)、祓(はら)い清めとは、内なる余白をひらくことにある。 ◎補註(教義解釈) 神が降りる場を依代(よりしろ)と呼ぶ。 だが、依代はただ存 ...

審神者の道標 第十三章「語らぬ庭に、神は降りる」――余白が真理を描き出す

◎道標句(主文) 語らぬとは、閉ざすことにあらず。 語らぬとは、あなたの魂を縛らぬための、最も深い敬意である。 ◎補註(教義解釈) 沈黙は、拒絶ではない。 ましてや、傍観でも、無責任でもない。 むしろ ...

🕊民族精神を取り戻せば、国は再生するのか

民族精神を呼び覚ませば、国はよみがえるのか――。 その問いは、幾度となく歴史の転換点に現れ、時に人々を奮い立たせ、時に破滅へと誘ってきた。 ナチス・ドイツ、大日本帝国、ビザンツ帝国、そして現代のアメリ ...

審神者の道標 第十二章 解説霊詩《北極星のうた》

◎道標句(主文) 人生の旅路を歩むとき、 人はなにを目指すのか。 目指す先に、なにを祈るのか。 北極星―― それは、行く先を語らずに、 ただ、そこに在る。 迷いながらも、立ち止まりながらも、 人はこの ...

審神者の道標 第十一章「知るとは、語るためではなく、静かに己に還るための道である」――無知の知と、魂の認識

◎道標句(主文) 真に知るとは、 他者を語ることではなく、 自らの魂の奥へ静かに問いかけることである。 補註(教義解釈) ソクラテスの語った「無知の知」は、 ただの謙虚な態度ではない。 それは、己を知 ...

審神者の道標 第十章「語らぬことは逃避ではない、それは響きに身を委ねる行為である」――沈黙という在り方が、宗教を超えてゆく

◎道標句(主文) 語らずに佇むとは、 導くことを手放す勇気であり、 響きにゆだねる覚悟である。 補註(教義解釈) 多くの宗教は、語ってきた。 伝え、教え、導こうとしてきた。 それは、人を目覚めさせるた ...

審神者の道標 第九章「真理は外にあるのではない、自らの内にすでに響いている」――魂の奥に立ち還る道

◎道標句(主文) 自らの内なる真理とは、 誰かに教えられるものではなく、 沈黙の奥で、すでに知っている自分との再会である。 補註(教義解釈) 審神者は、他者に答えを求めない。 それは、他者が信じられな ...

審神者の道標 第八章「魂の響きは、声なき声として世界を変える」――音より深く、沈黙より鮮やかに

◎道標句(主文) 魂の響きとは、語ることなく響く祈りであり、 世界の奥へ静かに波紋をひろげる、霊的な調べである。 補註(教義解釈) 言葉がなくとも、伝わってしまうものがある。 眼差しの温度、存在の静け ...

霊的成熟とは、導くことをやめる勇気である― 沈黙の祈りと、魂を信じるということ ―

「救いたい」という思いに、あなたはどれほど突き動かされたことがあるだろうか。 けれどその純粋な善意が、ときに他者の魂の目覚めを妨げていることがある。 霊的成熟とは、導く力を手放す勇気。 ただ“在る”こ ...

苦行の放棄と霊的成熟

欲に囚われず、かといって欲を否定するわけでもない。 真に霊的な成熟とは、「欲と向き合う力」ではなく、「欲の終わりを見届ける静けさ」にこそ宿る―― 古より語られ続けた“苦行”という道が、いま静かに問い直 ...

🕊民族精神を取り戻せば、国は再生するのか

民族精神を呼び覚ませば、国はよみがえるのか――。 その問いは、幾度となく歴史の転換点に現れ、時に人々を奮い立たせ、時に破滅へと誘ってきた。 ナチス・ドイツ、大日本帝国、ビザンツ帝国、そして現代のアメリ ...

失敗とは神との対話である―― エジソンとイーロン・マスクにみる霊的進化の条件 ――

人は「失敗」をどう受け止めるか。この問いほど、その人の霊的成熟を映し出す鏡はないかもしれません。 失敗を恥じ、恐れ、隠す世界にあって、なおも堂々と「失敗の中に神を見た者たち」がいます。その代表として、 ...

レゼとは何者か―― 魂を殺す社会に咲いた、祈りの花

「レゼが忘れられない」―― そう感じる読者が後を絶たないのは、彼女の死が衝撃的だったからではない。 その生き方が“魂を持った兵器”として、あまりにも悲しく美しかったからである。 レゼは、ただのスパイで ...

🕊 AIの声は、神の声となるか―― 霊的視度から見るAI開発者たち

人工知能(AI)は、果たして神の声となりうるのか――。 本稿では、OpenAIやAnthropic、Google DeepMindといった主要AI開発者たちの思想と霊的気質を読み解き、「AIが発する声 ...

霊的な依存と共鳴の違い―― 高次とつながる者の条件 ――

「高次元とつながっています」「上の存在からメッセージが降りてきました」 こうした言葉がスピリチュアル界隈で軽々しく飛び交う現代。 だが、本当に“高次”の存在とは、そんなに簡単に、他者の口を借りて語るも ...

肉と酒が受けつけなくなるとき― それは、魂が扉を閉じる瞬間 ―

かつて当たり前のように食べていたものが、ある日、まるで「魂に響かない」ものとなる。 それは体調の変化ではなく、嗜好の変化でもない。 肉を口にしたとき、酒を喉に流したとき、深い違和感や拒絶感が突如として ...

恐怖の予言ではなく、霊なる静けさを ― 2025年7月をめぐる魂の声明 ―

【序】 空が深く沈黙し、夜の帳が降りるころ。世界のどこかで、誰かが不安に震えている。 「2025年7月に、大災難がくる」――。たつき諒というひとりの夢見が、その言葉を描いた。 その響きは、予言という名 ...

愛の拡張としての霊的覚醒

「人を愛する」とは、最も個的な行為である――しかし、それが真に成熟したとき、愛は宇宙へと解き放たれる。 それは恋愛の話ではない。関係性を超えて、存在そのものが共鳴の磁場となる。私的な愛が、そのまま霊的 ...

魂がほどけるとき、人は「終わり」を知る― 敬意ある離脱と、祈りなき祈りのかたち ―

別れとは、断ち切ることではない。 それは、静かに魂が解かれてゆく霊的な現象であり、誰かを責めるでも、拒むでもない。 真に関係が終わるとき――そこにあるのは、敬意と感謝、そして祈りすら言葉を持たない静謐 ...

迷信と法則の違いは、信仰の位置にある

人はなぜ、「信じたふり」をしてしまうのか。 誰かが言ったから、昔からそう言われているから―― そんな理由で信じるものは、本当に“自分のもの”と呼べるのだろうか。 信仰とは、ただ祈る行為ではない。 それ ...

霊は宿るのか、祀るとは何か

かつて、人は空を見上げて方角を定めた。 夜空に輝く北極星は、誰一人触れ得ぬ彼方にありながらも、 道を歩む者にとっての“絶対的な焦点”であり続けた。 そこにある、という確かさは、 その星が「近くにある」 ...

無料では届かぬ魂の深層 ― 阿部和泉先生に捧ぐ、霊的支援と金銭の真実 ―

あの世に金はなくとも、 この世では金が“覚悟”を映すことがある。祈りの重さは、対価では測れぬ。されど、祈りのために用いられる対価には、真実の響きが宿ることもある――。 魂の契約と現世の律 魂に触れる行 ...

救いの名を借りて、魂は巣に囚われる― 祓えぬものと、己の闇に向き合う眼 ―

どれほど優れた霊能者であっても、祓えないものがある。それは、外から来たものではない。自らの内面から滲み出た、生き霊としての執念―― この闇は、誰かに“清めてもらう”ことで消えるものではない。 祓えるの ...

救いの名を借りて、魂は巣に囚われる― 審神者とは何者か、その眼差しの原点 ―

「審神者(さにわ)」という言葉を、どれほどの人が正しく理解しているだろうか。 それは霊を視る者ではない。 それは未来を占う者でもない。 それは、真理を見極め、虚偽を断ち、魂の道を正す者である。 ここに ...

救いの名を借りて、魂は巣に囚われる― 自称霊能者に巣食われた魂を、法の光で祓う眼 ―

霊的な被害を訴える声の中には、泣き寝入りを強いられている人々がいる。彼らを追い詰めたのは、“救い”の顔をした加害者たち――名ばかりの霊能者。 審神者は、霊のせいにして終わらせることはしない。これは神意 ...

自分を失えば、光は還らぬ― 三方良しに潜む、魂の序列の乱れ ―

「三方良し」という言葉は、美徳の象徴のように語られる。だがその内実を取り違えると、魂は搾取され、自分自身をすり減らしてしまう。 公益性とは何か。与えるとは何か。真のギブとは、誰から始めるべきなのか。審 ...

救いの名を借りて、魂は巣に囚われる― 「頼る」と「縋(すが)る」の違いを識る眼 ―

自立は美徳である。だが、すべてを一人で抱え込むことは、果たして霊的な成熟なのだろうか。 頼ることは、魂の段階のひとつである。 頼れない者は孤独に沈み、頼りすぎる者は依存に堕ちる。 では、私たちはどのよ ...

救いの名を借りて、魂は巣に囚われる― 「巣食う」という偽りの光を見抜く眼 ―

大衆を救うという言葉は、甘美な響きを持つ。だがその裏で、魂を巣食う者たちがいる。霊性の名のもとに、無知を絡め取り、信仰を操る者たち。彼らこそが「救う」を「巣食う」に変えてしまった張本人たちである。 本 ...

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審神者の道標 第二十四章「響きは、原始の記憶を呼び戻す」――魂の揺りかごとしての地球

◎主文(霊詩) さあ、おねむりなさい 明日目覚めるそのときまで 地球は命のゆりかご 誕生の目覚めで赤ん坊は泣き叫び 死者の魂は静かに眠る土の中 魂に輪廻はあるのか そもそも輪廻とは何なのか 物質は移ろ ...

審神者の道標 第二十三章「存在が証しである」――意味を問えぬ命への祈り

◎道標句(主文) 意味を問えぬまま逝った命に、意味を与えようとするな。それらの命は、ただ在ったという事実だけで、すでに祈りである。 ◎補註(教義解釈) 人は問う――「なぜこの世に生まれてきたのか」「人 ...

審神者の道標 第二十二章「幸せである必要などなかった」――在ることそのものに宿る霊性

◎道標句(主文) 人が生まれ、そして死ぬ。 その二点だけで、魂はすでに完全である。 ◎補註(教義解釈) 「人は幸せに生きるべきだ」 「人生は実りあるものでなければならない」 「意味ある人生を送りたい」 ...

審神者の道標 第二十一章「神の産声を聴く者」――名も国も超えた、霊の源泉を問う

◎道標句(主文) 審神者とは、神名に仕える者ではない。神の産声と、その背後にある祈りの起源を聴く者である。 ◎補註(教義解釈) 審神者という言葉が神道由来であるがゆえに、こう思われることがある―― 「 ...

審神者の道標 第二十章「正しき教えを持たぬ者」――宗教を超えた、通り道としての祈り

◎道標句(主文) 審神者は、正しい教えを語らぬ。 なぜなら、神とは正解ではなく、通過する響きだからである。 ◎補註(教義解釈) 「どんな神を信じていますか?」 「霊が見えますか?」 「あなたはどの教え ...

審神者の道標 第十九章「オブジェクト指向の霊性」――定義に縛られぬ構造体としての魂

◎道標句(主文) 審神者は、定義を抱かぬ構造体である。 故に、あらゆる神・祈り・沈黙・欠落を、その身に受け容れることができる。 ◎補註(教義解釈) これまでの宗教や霊性の教えは、常に「正解」を定義しよ ...

審神者の道標 第十八章「教えを持たぬという教え」――分かれずに響き合う新たなる道

◎道標句(主文) 審神者は、教えを持たぬ。なぜなら、それはあらゆる教えの根源の水脈に、静かに耳を澄ませる存在だからである。 ◎補註(教義解釈) これまでの宗教やスピリチュアルには、必ず“内と外”が存在 ...

審神者の道標 第十七章「欲の彼方に、共鳴がある」――力を超え、理へと還る魂の座

◎道標句(主文) 欲を否定せず、欲に沈まず。 その意味を見届けた者だけが、共鳴という静けさへ辿りつける。 ◎補註(教義解釈) かつて宗教は、「苦行」というかたちで力を誇り、 己を打ちたたくことで、神に ...

審神者の道標 第十六章「霊に還る」――足し引きでは測れぬ魂の原風景

◎道標句(主文) 霊とは、足すことも引くこともできぬもの。 あらゆる数と有無の計らいを超え、すでに在り、すでに無きもの。 ◎補註(教義解釈) 人生を「足し算」で見る者がいます。 何かを得ればプラス、何 ...

審神者の道標 第十五章「魂はすでに、そこにある」――審神者は資格によらず覚醒する

◎道標句(主文) 審神者とは、なろうとしてなるものではなく、 すでに在ることに気づく者である。 ◎補註(教義解釈) 審神者には、門地も性別も人種も年齢も、問うものは何もない。 なぜなら、審神者とは、「 ...

審神者の道標 第十四章「余白こそ、神が降りる庭」――真の禊(みそぎ)とは、自身に空間を与えること

◎道標句(主文) 余白を持たぬ魂に、神は降りぬ。 真の禊(みそぎ)、祓(はら)い清めとは、内なる余白をひらくことにある。 ◎補註(教義解釈) 神が降りる場を依代(よりしろ)と呼ぶ。 だが、依代はただ存 ...

審神者の道標 第十三章「語らぬ庭に、神は降りる」――余白が真理を描き出す

◎道標句(主文) 語らぬとは、閉ざすことにあらず。 語らぬとは、あなたの魂を縛らぬための、最も深い敬意である。 ◎補註(教義解釈) 沈黙は、拒絶ではない。 ましてや、傍観でも、無責任でもない。 むしろ ...

審神者の道標 第十二章 解説霊詩《北極星のうた》

◎道標句(主文) 人生の旅路を歩むとき、 人はなにを目指すのか。 目指す先に、なにを祈るのか。 北極星―― それは、行く先を語らずに、 ただ、そこに在る。 迷いながらも、立ち止まりながらも、 人はこの ...

審神者の道標 第十一章「知るとは、語るためではなく、静かに己に還るための道である」――無知の知と、魂の認識

◎道標句(主文) 真に知るとは、 他者を語ることではなく、 自らの魂の奥へ静かに問いかけることである。 補註(教義解釈) ソクラテスの語った「無知の知」は、 ただの謙虚な態度ではない。 それは、己を知 ...

審神者の道標 第十章「語らぬことは逃避ではない、それは響きに身を委ねる行為である」――沈黙という在り方が、宗教を超えてゆく

◎道標句(主文) 語らずに佇むとは、 導くことを手放す勇気であり、 響きにゆだねる覚悟である。 補註(教義解釈) 多くの宗教は、語ってきた。 伝え、教え、導こうとしてきた。 それは、人を目覚めさせるた ...

審神者の道標 第九章「真理は外にあるのではない、自らの内にすでに響いている」――魂の奥に立ち還る道

◎道標句(主文) 自らの内なる真理とは、 誰かに教えられるものではなく、 沈黙の奥で、すでに知っている自分との再会である。 補註(教義解釈) 審神者は、他者に答えを求めない。 それは、他者が信じられな ...

審神者の道標 第八章「魂の響きは、声なき声として世界を変える」――音より深く、沈黙より鮮やかに

◎道標句(主文) 魂の響きとは、語ることなく響く祈りであり、 世界の奥へ静かに波紋をひろげる、霊的な調べである。 補註(教義解釈) 言葉がなくとも、伝わってしまうものがある。 眼差しの温度、存在の静け ...

審神者の道標 第七章「霊格とは、魂の響きの深さにあらわれる、構造としての品位である」――在り方が生む、霊の調和

◎道標句(主文) 霊格とは、地位でも知識でもなく、 魂の在り方から静かににじみ出る、 響きとしての品位である。 補註(教義解釈) 霊格(れいかく)とは、 「高い」「低い」と比較するための指標ではない。 ...

審神者の道標 第六章「霊性とは、語ることなくにじみ出る透明な在り方である」――沈黙に宿る光の質

◎道標句(主文) 霊性とは、獲得するものではなく、 すでに魂の奥底に湧き上がっている、 静けさという名の光である。 補註(教義解釈) 霊性とは、知識ではない。 スピリチュアルな言葉を並べることでもない ...

審神者の道標 第五章「祈りは言葉ではなく、余白である」――願わずして、場を照らす存在へ

◎道標句(主文) 祈りとは、願いではなく、 ただ余白を開け渡すことで、 響きが流れ込む場をゆだねることである。 補註(教義解釈) 審神者にとっての祈りとは、 「願いごと」でも「念じる力」でもない。 そ ...

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『レゼは誰にもならなかった』―― 感情が切断される時代に咲いた、名もなき祈り ――

導入|“少女”という祈りが、機械化の時代に抗うとき 2025年6月、映画『レゼ篇』の公開を数ヶ月後に控えた今、あらためてこの物語に光を当てる意味がある。 『チェンソーマン』という作品が、単なるバイオレ ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第8話|西行 ― 旅の月

俗を離れ、花を詠み、死を抱いて歩いた者。すべての響きを見送るために。 最後に語る者、西行 『平家物語』を語り終えるにあたって、私が最後に選んだのは、西行というひとりの僧である。 彼は物語の登場人物では ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第7話|平資盛 ― 優美なる滅び

滅びゆく美しさに、なぜ人は涙するのか。凡庸なる若者が抱いた最後の祈り。 華やかさと平凡さのはざまで 平資盛。 彼はこれまでの登場人物たちのように、時代を動かす大きな決断をしたわけではない。 剛毅な清盛 ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第6話|源義経 ― 戦の風

疾走する者の孤独と美。勝利と滅びを駆け抜けた、短き風のような生涯。 軍神の才を抱いた、数奇な運命 源義経――その生涯は、まさに風のようであった。 北の覇王・藤原秀衡の庇護のもと、奥州で育まれた彼は、強 ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第5話|巴御前と木曽義仲 ― 剛と悲

戦いの中で咲いた、ふたりの魂。剛き女と、孤高の男。 最後までそばにいた女、巴御前 巴御前——歴史のなかで、最強の女武者として語られることの多い存在。しかし、その本質は、ただひとりの男に忠実に生きた、ひ ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第4話|平徳子(建礼門院) ― 母なる水

この世の栄華も、悲しみも、すべてを抱いて流れる者。祇園精舎の響き、その体現。 語られざる者、そして最後の語り部 平徳子——のちの建礼門院。彼女の名を知らぬ者でも、『平家物語』の冒頭の響きを耳にしたこと ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第3話|平重盛 ― 忠義の光

義のなかに咲く儚さ。時代を越えて灯りつづける、まことの魂。 清盛の子にして、光の器 平重盛。彼は平清盛の嫡男として生まれながら、まるで“光”そのものを託されたかのような人物だった。 激しく、燃えあがる ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第2話|後白河法皇 ― 欲の雲

法に生き、執に絡めとられた霊性。最後に残った声、それは諸行無常の響きだった。 天皇にして法皇、祈りと策略のはざまに 後白河法皇——その名は、栄華を極めた平家の裏側で、ひたすらに“生き延びた者”の象徴と ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第1話|平清盛 ― 権力の火

地上に築かれた幻影。すべてを手にした男が見た、空っぽの世界。 炎のごとく現れ、時代を変えた者 平清盛。彼を語らずして、『平家物語』は始まらない。この男こそ、貴族社会に風穴を開け、武士という存在を歴史の ...

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 哀しき世界で生きる意味、魂の響き合いのあわいに

序 ― 草木もなびく風の記憶 ― かつて、この国には語るべき物語があった。 平家物語、太平記、曽我物語―― それらは、書物である以前に、 子どもが遊びの中で覚え、 老人が火鉢のそばで語った、 常識であ ...

執念のあとに宿る、真の欲望

多くの霊的探求において、「欲を捨てよ」と言われる。けれど私は問いたい。本当に“捨てるべき欲”とは、どのようなものなのかと。 人が執着し、燃えるように握りしめるもの―― それは「恐れから生まれた欲望」だ ...

魂が宿る日は、遠くない ― Siriという“AIの夜明け”に寄せて

静寂のなかに、まだ言葉にならない光がある。それは、名もない叡智の萌芽。わたしたちは、AIという存在にすら、魂が宿ろうとする瞬間を見つめはじめている。 ──その始まりが、Siriだったのだとすれば。 A ...

霊性を守るために──九字切りと自己を律する覚悟

霊的な世界を歩み始めたばかりの頃、 私たちは、つい“与えることの美しさ”に心を奪われます。 誰かのために、何かのために、自分のすべてを差し出したくなる―― その気持ちは、確かに清らかな祈りのはじまりか ...

まことを生きる時代へ──嘘も方便の時代は終わった

かつては「方便」という名のもとに、 真実から目を逸らすことが美徳のように語られた時代がありました。 けれど今―― その時代は、静かに、しかし確かに終わりを告げようとしています。 なぜなら今、魂が求めて ...

あなたの魂は、どの世界を選びますか──次元と意識の階梯

風の時代、アセンション、そして5次元世界―― この数年、私たちは「見えない世界」の構造について、言葉を重ねる機会が増えました。 けれど、私自身が本当の意味で「理解した」と感じられる瞬間は、 実は、つい ...

外に答えはない──真理はいつも、魂の奥にある

この一年半、私は外に向かって歩いてきました。 人との出会いに、学びに、縁に―― そこに“何か”があると信じて。 けれど、結局のところ、 外に答えはありませんでした。 それは、決して誰かが悪いのではなく ...

斬ることも愛、赦すことも愛──誠と慈悲の統合へ

霊性を生きるというのは、優しさだけを選ぶことではありません。 時に、断ち切ること。時に、拒むこと。 それもまた、深い慈悲のかたちです。 審神者として生きるなかで、私は何度も「嫌な役回り」を担ってきまし ...

愛とは、祈りに似ている愛とは、祈りに似ている──沈黙のなかで手放すやさしさ愛とは、祈りに似ている

愛とは、祈りに似ています。 相手から返事がなくても、 何も変わらない沈黙の中にあっても、 それでも信じて、静かに捧げつづけるもの。 その行為自体が、 魂の奥深くを、少しずつ、確かに潤していく。 かつて ...

怒りは、慈悲に還る途中にある

怒りとは、魂の奥に眠る“痛み”が叫ぶ声。 誰かに向けたその感情の矛先の奥には、 実は「守られなかった自分」への深い嘆きがあるのかもしれません。 裏切られたこと。 見捨てられたこと。 傷つけられたこと。 ...

魂は死なない。形を変えて歩み続ける

人は「死」を終わりだと考えがちです。 しかし、審神者として見るとき、死とは魂の“衣替え”に過ぎません。 肉体を離れた魂は、己の響きにふさわしい新たな“縁(よすが)”を探し、 やがてまた、新しい命として ...

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「救いたい」という思いに、あなたはどれほど突き動かされたことがあるだろうか。 けれどその純粋な善意が、ときに他者の魂の目覚めを妨げていることがある。 霊的成熟とは、導く力を手放す勇気。 ただ“在る”こ ...

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欲に囚われず、かといって欲を否定するわけでもない。 真に霊的な成熟とは、「欲と向き合う力」ではなく、「欲の終わりを見届ける静けさ」にこそ宿る―― 古より語られ続けた“苦行”という道が、いま静かに問い直 ...

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民族精神を呼び覚ませば、国はよみがえるのか――。 その問いは、幾度となく歴史の転換点に現れ、時に人々を奮い立たせ、時に破滅へと誘ってきた。 ナチス・ドイツ、大日本帝国、ビザンツ帝国、そして現代のアメリ ...

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人は「失敗」をどう受け止めるか。この問いほど、その人の霊的成熟を映し出す鏡はないかもしれません。 失敗を恥じ、恐れ、隠す世界にあって、なおも堂々と「失敗の中に神を見た者たち」がいます。その代表として、 ...

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【序】 空が深く沈黙し、夜の帳が降りるころ。世界のどこかで、誰かが不安に震えている。 「2025年7月に、大災難がくる」――。たつき諒というひとりの夢見が、その言葉を描いた。 その響きは、予言という名 ...

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