光の余白

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第4話|平徳子(建礼門院) ― 母なる水

この世の栄華も、悲しみも、すべてを抱いて流れる者。祇園精舎の響き、その体現。


語られざる者、そして最後の語り部

平徳子——のちの建礼門院。
彼女の名を知らぬ者でも、『平家物語』の冒頭の響きを耳にしたことがあるだろう。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

その言葉の本当の重さを体現したのは、まさにこの徳子だった。

清盛の娘として栄華の頂点に立ち、入内して天皇の母となり、すべてを得たかに見えた彼女。 しかし、その後に訪れたのは、地獄のような喪失の連続だった

壇ノ浦で最愛の子・安徳天皇を喪い、身投げしてなお死にきれず、
地上に戻された彼女が見たのは、燃え尽きた都と、自らの家の名を語る者すらいなくなった世界。


運命に翻弄された純真

彼女が何をしたというのだろう。 戦を望んだわけでもなく、野心を持っていたわけでもない。 ただ、愛し、信じ、与えられた運命の中で生きただけだった。

にもかかわらず、あまりに多くのものを背負わされ、あまりに多くのものを奪われた。

だが、徳子は壊れなかった。 泣き叫ぶことも、呪うこともせず、静かに祈りの中に身を沈めていった

その姿は、まるで「水」のようだった。 すべてを受け入れ、流し、形を変えながらも、本質を失わない。


仏前の祈りと、母なる赦し

建礼門院として生きた晩年。
彼女は世を離れ、山の中で仏に手を合わせる日々を過ごした。

燃え尽きた平家の御霊を静かに弔い、自らの運命を責めることもなく、ただひたすらに、あらゆる魂の慰めのために祈った

後白河法皇が彼女を訪ねたときの場面は、物語の中でもっとも静かで、深く胸を打つ場面の一つである。

「思い出しとうもないことばかりにて候ふ」
そう語った徳子の言葉に、法皇はただ「哀れ」と返すしかなかった。

そのやり取りは、まるでこの世のあらゆる“無常”を凝縮したようなひとときである。


無常の体現者として

彼女こそが、『平家物語』の最終章を静かに語り終えた「最後の語り部」であり、 生き残った者にしか伝えられない“沈黙の響き”を体現する存在である。

彼女の生涯には、激しい戦も、壮大な策も、派手な勝利もなかった。

だが、その背後にある深い祈りと、沈黙の力は、どんな剣よりも強く、どんな炎よりも澄んでいた

この世のあらゆる無常を、その身をもってくぐり抜けた者として、
徳子は今も語りかけてくる。

流れのままに、それでも気高く。

吉祥礼

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