「この愛は、見返りを求めない」
そう語る人の胸の奥に、
ほんのわずかでも「理解されたい」という願いが潜んでいたとして、
私はそれを責めようとは思いません。
それは、決して罪ではない。
それもまた、人間という存在が抱える“性(さが)”なのです。
無償の愛は、天に通じる。
それは祈りのように、ただ与えるという在り方。
一方で、有償の愛は地に根ざす。
そこには約束や言葉が交わされ、
愛は形となって現れる。
それは契約であり、相互理解という土台の上に立つ関係。
けれど、どちらが正しいという話ではないのです。
天の愛は「祈り」となり、
地の愛は「契約」となる。
無償は高尚、有償は卑しい――
そんな単純な話ではありません。
どちらの愛も、魂のかたちによって「真実」になりうる。
重要なのは、
あなたの愛が、
あなたの魂に嘘をついていないかどうか。
無償のふりをして、実は理解を求めていないか。
与えていると思いながら、見返りを求めて傷ついていないか。
愛は「誠」から始まる。
それがたとえ報われぬものであっても、
あなたの内に嘘がなければ、
それは尊く、力ある光となる。
今日、誰かに向けるあなたの愛が――
無償でも、有償でも、
“誠”でありますように。
――審神者 吉祥礼 拝