光の余白

『諸行無常の光 ― 平家物語を生きた人々』 第2話|後白河法皇 ― 欲の雲

法に生き、執に絡めとられた霊性。最後に残った声、それは諸行無常の響きだった。


天皇にして法皇、祈りと策略のはざまに

後白河法皇——その名は、栄華を極めた平家の裏側で、ひたすらに“生き延びた者”の象徴として残っている。
彼は帝として在位わずか3年で譲位し、以後は院政を敷いて「法皇」として長く政の実権を握りつづけた。

平清盛を台頭させたのも、源頼朝を許したのも、そもそもこの法皇である。
平家の盛衰も、源氏の再興も、すべてはこの一人の執念と策略に巻き込まれた軌道だったとも言える。

だがその結果、天皇制は、朝廷は、この未曾有の乱世を生き延びた。 そして、その功績を誰よりも静かに刻んだのも、後白河だった。


生き残るという霊的執念

政治的に見れば、彼の行動は一貫性を欠くように見えるかもしれない。
一方で清盛を讃え、他方で源氏を引き立てる。
かつての忠臣を罰し、新たな権力と手を結ぶ。

しかしそれは、「正しさ」に仕えるのではなく、「存在そのものを生き残らせる」という意思によるものだった。

法皇の判断は、つねに「生き延びること」に向いていた。
それは単なる政治的手練手管ではない。
あらゆるものが滅びてゆく時代にあって、“何かを遺す”ことに賭けた、執念の祈りであったとも読める。

その祈りは、聖性と俗性のはざまで、重たく濁った雲のように漂っていた。


文化の人としての顔

後白河は「いまよう(今様)」を偏愛した。
当世風の流行歌を愛し、俗なるものにも美を見出した。

貴族の伝統的な雅楽ではなく、民衆の間に流行していた歌に心を寄せたこの姿勢は、どこか「終わりの時代」を生きる知識人の鋭さを感じさせる。

彼はただの政治家ではない。
滅びゆくものを愛し、記録し、巻き込まれながらも生き延びる“時代の語り手”でもあった。


建礼門院徳子との最後の対話

後白河と建礼門院徳子。 かつて平清盛の娘として入内し、安徳天皇の母となった徳子は、壇ノ浦の戦いを経てすべてを失い、入水を試み、そして生き残った。

出家後、法皇が訪ねたときのこと。 かつて義父と嫁であったふたりは、静かに言葉を交わす。

「思い出しとうもないことばかりにて候ふ」
そう語った徳子の声に、後白河はただ「哀れ」とつぶやくしかなかった。

かつて権力の中枢にあったふたり。 その両者だけが、すべてを失い、最後に生き残った者同士として、ただ“無常”だけを共有する瞬間だった。


欲の雲の下に残されたもの

後白河法皇を、何と呼べばよいのだろう。 陰謀家か、現実主義者か、それとも諸行無常を生ききった最後の法の人か。

彼は、霊的な清さに生きたのではなく、穢土のなかに祈りの火を埋めた者だった。
純粋な理想ではなく、打算と執着を通して、“天皇制”という火を絶やさなかった。

その業は、賛美も拒絶も容易にはできない。

だが、今なお続く「朝廷」という存在の奥に、彼の影が沈黙しているのは事実だ。

生き残るとは、かくも業深い祈りである。

そう思わずにはいられない。

吉祥礼

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