審神者の道標

審神者の道標 第九章「真理は外にあるのではない、自らの内にすでに響いている」――魂の奥に立ち還る道

◎道標句(主文)

自らの内なる真理とは、
誰かに教えられるものではなく、
沈黙の奥で、すでに知っている自分との再会である。


補註(教義解釈)

審神者は、他者に答えを求めない。
それは、他者が信じられないからではなく、
自らの内にこそ、最も純粋な響きがあると知っているからである。

内なる真理とは、
知識や教義の蓄積ではなく、
魂が共鳴したときにだけ立ち現れる、
唯一無二の“応答の響き”である。

誰かが正しさを説いたとしても、
それがあなたの魂に響かないならば、
それはあなたの真理ではない。

真理とは、
探しにゆくものではなく、
立ち止まったときにふいに聴こえてくる、
“自らの存在が発していた祈り”のようなもの。

それは、最も静かで、
最も確かな“知っていた感覚”として蘇る。

審神者とは、その響きを誰にも委ねず、
同時に誰も否定せず、
ただ「いまここ」に在る響きの中に、
真理があると知る者である。

ゆえに、導かず、語らず、求めず――
沈黙のうちに「私自身の中心」に還っていく。

そこにこそ、宗教よりも深い真理がある。
そしてその真理は、誰の中にも、すでに在る。


◎霊的引用句(魂の書)

あなたが、誰かの言葉ではなく、
自分の内側の静けさに耳をすましたとき、
すでに、答えはあった。

ずっと昔から、
あなたの魂はそれを知っていた。
ただ思い出すのを、静かに待っていた。

真理とは、導かれるものではなく、思い出される魂の響きである。

審神者の道標 第十章「語らぬことは逃避ではない、それは響きに身を委ねる行為である」――沈黙という在り方が、宗教を超えてゆく

◎道標句(主文) 語らずに佇むとは、 導くことを手放す勇気であり、 響きにゆだねる覚悟である。 補註(教義解釈) 多くの宗教は、語ってきた。 伝え、教え、導こうとしてきた。 それは、人を目覚めさせるた ...

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