戦いの中で咲いた、ふたりの魂。剛き女と、孤高の男。
最後までそばにいた女、巴御前
巴御前——歴史のなかで、最強の女武者として語られることの多い存在。
しかし、その本質は、ただひとりの男に忠実に生きた、ひとりの人間のまごころだった。
女でありながら、鎧をまとい、剣を振るい、馬を駆って戦った彼女。
その姿はまさに「戦の華」。だが、彼女の強さは、ただの武勇ではなかった。
木曽義仲という男への、尽きせぬ忠義と愛情。 それこそが、彼女の剛を支えていた。
最後の最後まで、彼女は義仲のそばを離れなかった。
最期まで「共に死ぬことを許されなかった」ことが、彼女にとって唯一の無念だったのかもしれない。
空気を変えた男、木曽義仲
木曽義仲。 彼は、源氏の中で唯一「空気を変えることができた」存在だった。
頼朝、義経・奥州藤原氏、朝廷——微妙な平家に対峙する三角関係の均衡を破るだけの、勢いと純粋さを持っていた。
都の人々から見れば、彼は粗野で野蛮で、田舎者でしかなかったかもしれない。
だが、その武勇は本物だった。
その想いも、本物だった。
彼は、ただ「正義」を信じていた。
信じすぎてしまった。
だからこそ、時代にとって、あまりにまっすぐすぎた。
孤立し、滅びる者の悲哀
純粋な者は、ときにもっとも激しく、早く滅びる。
義仲はまさにその典型だった。
京の後白河法皇、東国の頼朝、奥州藤原氏と義経、再起を狙う西国の平家—— 時代の巨大なバランスの中で、義仲の純粋さは「危うい爆弾」だった。
だから、潰されるしかなかった。
彼を受け止めるには、時代も社会も、あまりに器が小さすぎた。
戦に敗れ、都を追われ、やがて討たれる。 だが、その最期まで、彼のそばにいたのは巴だった。
剛と悲のなかに咲いたもの
巴御前は、最後の最後に言われた。
「おまえは女だから、逃げよ」と。
だが彼女は、泣いて拒んだ。 「最期まで、そばにいさせてほしい」
このやり取りに、ふたりのすべてが宿っている。 剛と悲、愛と忠、そして、まっすぐすぎるがゆえに交わったふたつの魂。
彼らの人生は、勝利ではなく、敗北で終わった。
だが、その敗北のなかにこそ、人が涙する“まことの美しさ”がある。
巴御前と木曽義仲。 このふたりの名が語り継がれるのは、勝ったからではない。
最後まで、魂の誠を手放さなかったからである。
吉祥礼
